
日本人なら、必ずどこかで見たことがある
「きれいに使って頂き、ありがとうございます」
という張り紙。
一番よく見かけるのは、そう、公共のトイレである。
中には、あれを見て怒り出す人もいるらしい。
「いやみったらしく言うな!」と。
そんな人は、自分が汚してしまったことの心当たりがあるのかも知れない。
そんな少数派はともかくとして、多くの場合、ああいった注意の促し方は、直接的に注意を促さない“やわらかい表現”として使われていることだろう。
しかし、実は、あの表現の効果は、科学的にも立証されていることをご存知だろうか?
目次
“心理学的”に見た「きれいにお使いいただき〜」の効果
トイレに関する注意の促し方は5種類
まずは、心理学的に見ていこう。
一般的にトイレの管理者が、「皆にきれいに使って欲しい」という願いを叶えるための注意の促し方は、大きく分けて5種類あるようだ。
- トイレはきれいに使いましょう。(シンプルに促す)
- トイレを汚してはいけません。(禁止する)
- トイレを汚すのはルール違反です。(罰があると思わせる)
- トイレを汚すと次に使う人が困ります。(他人の迷惑を思わせる)
- いつもトイレをきれいにお使い頂きありがとうございます。(感謝する)
結論から言うと、日本人に効果があるのは④と⑤で、最も効果があるのは⑤なのだそうだ。
①と②では、あまりにも当たり前すぎて、見落としてしまうだろう。
③は、ちょっと行き過ぎた表現で、逆に現実味がない。
④の有効性に関しては、日本人の国民性を思えば、確かに分かる気がする。
もっとキツめの言い方をするとしたら、「みんなきれいに使ってますよ? あなたもきれいに使ってくれますよね?」といった感じだろうか。
⑤が最も有効と聞くと、確かにこれも何となく分かる気がするが、ちょっと立ち止まって考えてみたくなる。
「いつもトイレをきれいにお使いいただきありがとうございます」という注意の促し方が最も有効である理由とは、具体的にどういったことだろうか?
日本人が持つ「抽象概念動機」と「感謝欲」
実は、⑤が最も有効な理由にも、日本人の国民性が反映されている。
少し小難しい話になるが、日本人には、「抽象概念動機」』と「感謝欲」が非常に高いという性質がある。
「抽象概念動機が高い」とは、かんたんに言うと、難しいことを考えるのが好きということだ。
要するに、日本人は、ストレートな表現より軽くひねりの効いた表現を好むということ。
俳句や短歌のように短い言葉の中に、味わいや奥深さを見つけようとしてきた、いかにも日本人らしい性質と言える。
トイレを使う前からなぜか感謝されてしまう……実際、何とも味わい深いではないか。(笑)
もうひとつの、「感謝欲」が高いというのは、これは言葉の通り、感謝されたい、ありがとうと言われたいという欲求が強いということだ。
事実、日本人ほど、他人から感謝されたい民族はいない。
時には、お人好し過ぎると揶揄されることもあるが、もちろん、それはよいことだ。
(他方、“謝罪”されるのが大好きな民族もいたりする。)
その理由として、
・他国から占領されたことが少ない
・四方を海に囲まれ、世界でも稀有な文化を持っている
・ほぼ単一民族で、そのぶん仲間意識や集団意識が強い
といったことがよく語られるが、もしかしたら、“遺伝子”的にも特殊なものを持っているのかも知れない。
話が逸れかけたが、とにもかくにも、こうした特質を持つ日本人にとっては、「きれいに使って頂きありがとうございます」という、一見、回りくどい注意の仕方であっても、まったく問題にならないのだ。
いや、問題にならないどころか、むしろこのように、軽くひねりを効かせ、感謝欲を刺激するようなお願いの仕方に、日本人は一番従いやすいのである。
“脳科学的”に見た「きれいにお使いいただき〜」の効果
人は直感的な生き物
次に、脳科学的な見地から見ていこう。
「吊り橋効果」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
これはかんたんに言うと、男女がドキドキしながら吊り橋を渡ると、そのドキドキを、一緒に渡る相手が好きなドキドキと勘違いしてしまう、というものだ。
脳はそのドキドキが、何によるドキドキなのか、はっきり区別できないのだ。
いや、よくよく考えれば、「吊り橋を渡るときはどうしても落ちることを想像してしまい、命を危機を感じて心拍数が上がる……」ということくらい分かりそうなものだ。
しかし、人間は元来、“論理的思考”より、“直感的察知”のほうが得意なのだ。
いくら知能が高くても、所詮は動物といったところか。
とりあえず、ここをまず、ポイントとして押さえておこう。
脳は矛盾を嫌う
その上で、もっとも大事なポイントは、脳が持っている“矛盾”を嫌うという性質だ。
自分がとった「行動」が「感情」と矛盾するとき、脳はこの「行動と感情が背反した不安定な状態(矛盾)」から逃れようとするのだ。
吊り橋のシチュエーションで言うと、
と考えることで、その矛盾から逃れようとする。
“論理”でどうこうよりも、“直感”でそう思ってしまうのだから仕方ない。
だからこそ、吊り橋を一緒に渡った人のことを好きになってしまうような現象、いわゆる「吊り橋効果」なるものが起こりうるのだ。
では、ここでまた、トイレの張り紙の話に戻ろう。
あの張り紙は、まさにこうした「脳は矛盾を嫌う」という性質を巧みに利用していると言える。
人は、先に「ありがとう」と言われてしまうと、“論理的”に「私の◯◯◯に対しての『ありがとう』なのね」と考えるよりも先に、“直感的”に
と思ってしまうのだ。
それこそ、ここで汚してしまったら、矛盾が発生してしまう。
そのため、人は、あのような張り紙を見ると、自然と「きれいに使わなきゃ」と脳にスイッチが入ってしまうのだ。
なお、冒頭でも述べたように、あの張り紙で怒る人もいるが、そのような人は、「自分はいつも汚して使ってるのに、こんなこと言われるはずがない!」という矛盾で苦しんでいるのである。
実生活の中でも応用できるかも?
ここまでの話をまとめれば、「きれいに使って頂きありがとうございます」の標語が効果的な理由は、
- 日本人は軽くひねりの効いた表現を好むから
- 日本人は感謝されるのが大好きだから
- 人は直感的に矛盾を回避しようとするから
といったことになる。
こうして見てみると、どうだろう?
この手法は、トイレをきれいに使ってもらう目的以外にも、実生活のいろんな場面で応用できるような気がしてこないだろうか?
ポイントは、『して欲しいことがある相手に対して、先に感謝する』ということだ。
例えば、好意を寄せている相手に対して、先に、「私と付き合ってくれてありがとう」と言ってみる。
結婚したい相手に対して、先に、「私と結婚してくれてありがとう」と言ってみる。
夫が妻に対して、先に、「お小遣いアップしてくれてありがとう」と言ってみる。
……といったふうにだ。
そうすると、もしかしたらだが、願いが叶うかも知れない。(笑)